今回紹介する本は、ファン・ボルムさん(牧野美加さん訳)『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)です。
2024年本屋大賞翻訳小説部門第一位です。
受賞前に読みましたが、読んで良かったと感じた本が受賞するのはうれしいですね。
本屋さんを舞台にした小説ということで紹介をいただき、興味をもち手に取りました。
おそらく初めての韓国文学だと思います。
一冊を読んだからといって韓国文学にはこういう特徴があるとは言えませんが、読み心地はとてもよかったです。
物語の主人公はソウル市内に小さな本屋さんをオープンした女性店主のヨンジュです。
彼女とそこで働くスタッフや訪れる人を中心にした群像劇となっています。
本屋さんで働く人たちを中心にした物語となっていますので、仕事に対する観点が色々と描かれていました。
韓国は日本以上に学歴社会であり、受験競争も厳しいということを聞いたことがあります。
競争と言われるくらいなのでそれに勝っていく人もいる一方で、そもそもその仕組みに疑問を持つ人もいるでしょう。
受験戦争に適応できなかった人たちが決してドロップアウトをしたという見方をされるべきではありません。
ましてや幸せな人生が待っていないというわけでもありません。
どのような選択をしてきたかが今の人生をつくっているかは確かです。
裏を返せばこれからの人生は今の過ごし方でいくらでも変えていくことができます。
もっと踏み込めば、この変えなければいけないと思ってしまう思考や環境にいると感じてしまう必要もないのだと思いました。
今日という日をしっかりと過ごすことができれば、今の延長に未来があるので、どんなことがやってきても後悔はしないはずです。
印象に残ったところを紹介します。
記憶に残っていないある文章が、ある物語が、選択の岐路に立った自分を後押ししてくれている気がするんです。
ファン・ボルム(牧野美加 訳)『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)(p55)
とあります。
書店を舞台にした小説ですので、本に対する事柄も多く書かれています。
特に共感したのはこの部分でした。
読んだ本の内容を覚えておけないのが困りごとであると言われることがありますが、それはコンピュータの役割です。
忘れることができるのが人間の良さでもあります。
忘れているようでも案外心のどこかで糧となり残っているものです。
読んだときには特に意識しなかった文が思い出されることもあります。
これまで多くの本を読んできましたが、読んでいなかったら今とはまったく違う人生だったと想像できるものはあります。
それは、この言葉の意味するところだと感じました。
もうひとつ紹介します。
「いい人が周りにたくさんいる人生が、成功した人生なんだって。
社会的には成功できなかったとしても、一日一日、充実した毎日を送ることができるんだ、その人たちのおかげで」
ファン・ボルム(牧野美加 訳)『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)(p320)
悩みの多くは人間関係だと言われています。
充実した毎日が送れるということはそれだけ人に恵まれているということなのかもしれません。
人間関係における充実さがいい人生といえるのでしょう。
家族、友人、職場や読書会に来ていただいている方々、皆様に恵まれています。
これからもその縁を大切に生きていきたいと思いました。