今回ご紹介するのは、土門蘭『ほんとうのことを書く練習』(ダイヤモンド社)です。
編集担当の今野さんは多くの文章術に関する本を担当しています。
どれも得るものが多く、ためになるので信頼して購入しました。
私たちは日々何かしらの文章を書いて生活をしています。
SNSでの発信もそうですし、私はこうして本の感想をブログに書いています。
そうしているときにたまに感じるのが、「ほんとうのこと」を書いているかどうかです。
あたりさわりのない文章をなんとなく書くことで、本心から遠ざかっていないかと感じることがあります。
もっといい表現があるのではないかと思うこともあります。
世界に触れている自分が、どうすれば「ほんとうのこと」を書くことができるのか。本書では具体的な実践例を交えて紹介されています。
そもそも「書く」とはどういうことなのでしょうか。
土門さんは〈「書く」ことは「問う」ことなのだ〉と主張しています。
〈自分に興味を持ち続け、問い続け、答え続けること。その一連の活動が「書く」ことだ。(p48)〉としています。
確かに頭の中で考えていることを、いざ文章にしようとすると詰まることがあります。
それを深めていくには、自分自身に質問を投げかけ、深掘りをしていくことが大切です。
外に発信する文章の練習として、人に読ませない文章を書くことを勧めています。
「誰にも読ませない文章」を書くことは、水の通り道をきれいにする作業のようなものだ。一日一度はザッと排水しないと、ゴミや落ち葉が詰まって流れが悪くなり、水が濁ったり詰まったりする。
土門蘭『ほんとうのことを書く練習』(ダイヤモンド社)(p87)
決まった量の文章を書くことで、思考をクリアにすることができます。
これは一般的にジャーナリングと呼ばれる手法です。
私も取り組んでいた経験があります。
続けることで効果があると思うので、取り入れていきたいです。
人に読ませない文章の代表例として日記が挙げられています。
発信する文章には、どうしても人の目を気にして書きにくいことがあると思います。
でも日記なら、その視点をはずすことができます。
そういう練習をしておくことで、書き方や伝え方を磨くこともできるのではないかと思いました。
最近の文章に関する話題としては、やはり生成AI技術があります。
指示文を入力すれば、あっという間に文章を生成してくれます。
発売直後の本であっても、すぐに要約をつくることができます。
それを整えれば、すぐにブログ記事としてアップすることも可能です。
でも、できるのとやりたいのは異なります。
少なくとも私はそれをやりたいとは思いません。
著者や本に対して不誠実だと思います。
どこまでそういった生成AI技術を使うかは、個人の技量が問われます。
私はよくnoteの記事を読んでいます。
ある時、とある方の文章の雰囲気ががらっと変わっていると感じたことがありました。
わかりやすい文章になったというよりも、なんとも言えない平坦さを感じました。
確認はしていませんが、もしかしたら生成AI技術を使ったのかもしれません。
便利だからといって、その人らしさまで失ってしまってはもったいないです。
私は色々試した結果、誤字脱字といった簡単な校正を任せる程度の利用にしています。
最後は自分でチェックをして、自分の文体から離れていないか確認するようにしています。
最近はその誤字脱字チェックも本当に必要か考えつつあります。
それを探す目を養うべきですし、そうすることで文体を失ってしまうこともあると思うのです。
書くというアウトプットはもちろん大切です。
でもその前に、インプットもしっかりと行う必要があります。
やはりインプットとしては、まとまった文章を読むことです。
最後に土門さんの高校時代のエピソードを引用して終わります。
高校時代、国語の先生が、授業中に「本の読み方」について2つのことを教えてくれた。ひとつは、「50ページ読んで、おもしろくないと思ったら読むのをやめなさい。それは著者が悪いか、いま読むべき本ではない」。もうひとつは「死にたくなったら100冊本を読みなさい。きっと100冊に至る前に死にたくなくなるから」。
土門蘭『ほんとうのことを書く練習』(ダイヤモンド社)(p74)
これからも読み書きを楽しんでいきます。















