「本のまくら」でぐっと引き込まれる。

今回ご紹介する本は、阿部暁子さんの『カフネ』(講談社)です。

2025年本屋大賞受賞作品に選ばれていますので、すでに手に取った方もいらっしゃるかと思います。

私は、基本的には何かの賞を取ったからというのを理由に本を選ぶということはしていません。

それよりも自分が読みたいと思うかどうかを基準にしています。

今回の場合ですと、読書友達さんが感想をSNSにアップしているのを見かけて興味を持ち購入しました。

 

大賞受賞に納得の読後感でした。

 

私が本を選ぶ基準のひとつとして「書き出し」があります。

本の書き出しの最初の一文を「本の枕」ともいいます。

落語でも本編に入る前の話を「まくら」といいますので、元は同じと思われます。

その書き出しがとても印象的です。

死んだ弟の元恋人は、すでに十九分遅刻している。

阿部暁子『カフネ』(講談社)(p3)

この一文になかなかの情報量が詰まっているなと読み始めて感じさせられます。

死んだ弟の元恋人ってどういうことだ?

遅刻している時間が19分という細かさにも目をひかれます。

その物語の起点となる主人公は野宮薫子という女性です。

弟が突然死し、その遺言には元恋人であった小野寺せつなも相続人とすることが記載されており、会う場面から物語が始まります。

法務局で働く薫子のきっちりとした姿をうかがわせる書き出しです。

遅れてきた理由も言わずにむしろぶっきらぼうな態度で接するせつなに段々とイライラとしていた薫子はだんだんと意識を失ってしまいます。

 

救急車で運ばれることはなかったものの薫子の家までせつなと一緒に行き、そこでせつなは料理を作ります。

きっちりとした仕事をする面もありながら、不安定さからアルコールに頼る生活に足を踏み入れており、自身の生活も荒れつつあった薫子はせつなの作った料理にほっとした瞬間を得ます。

後日、会ったときにせつなが家事代行サービスのボランティアの話をして薫子はそれに参加をするようになります。

 

読みながら、せつなの料理をつくる描写にお腹が空いてきます。

文章でここまで食欲を掻き立てられると、映像化されたらどうなるのだろうかと想像します。

せつなは仕事にストイックであり、プロフェッショナルです。

ただ、必要以上の干渉や議論を深めていくのを避けようとする気があります。

それでも必要としている人に料理をしたり、薫子にも作ったりと優しさがあります。

 

薫子は不妊治療の結果、残念ながら子宝に恵まれず、その後離婚をしています。

過去を反芻する場面もあり、自分の運命を悲観するところもありました。

しかし悲観しているだけでは事は良い方向へ進んでいきません。

自分でできる努力は必要であり、生活を整えるためにはやはり整った環境が大切なのだと思います。

整理整頓といった掃除はマイナスをゼロに持っていくものだと感じました。

おいしい料理はゼロをどんどんプラスに持っていくのだと思います。

 

どうして弟は死んでしまったのか?

せつなはどうして頑なに相続人となるのを拒否するのか?

この二つが物語の最大の焦点であると私は感じました。

伏線の回収という言葉は好んで使いませんが、その出来事もリンクするのかと繋がっていく様子は見事でした。

 

多様性の時代と一括りにされることで失われるものがあるような気がしています。

それでも、自分たちを守ってくれる制度は使っていくべきですし、逆に制度に縛られない関係性も大切になってくると思います。

 

最近の本屋大賞の傾向として人間関係にフォーカスされた作品が多く選ばれているように感じています。

コロナ禍で希薄になってしまったものを取り戻すきっかけに文学が一役買ってほしいなと思います。

本屋大賞は全国の書店員さんの投票で決めています。

読みやすい作品が多いので久しぶりに小説を味わってみたいという方にもおすすめしたいです。

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