今回ご紹介する本は、中前結花さんの『ミシンは触らないの』(hayaoki books)です。
本屋B&Bで対談イベントがありました。
対談相手が古賀史健さんということもあり、オンラインで参加をすることにしました。
中前さんが人生で人から言われて忘れられない言葉を中心にして書かれたエッセイになります。
対談の中で古賀さんはコラムとエッセイの違いについて話されていました。
そもそもこれらと小説の違いについてですが、小説で描かれるものはフィクションであり、私小説というジャンルもありますが基本的には架空のキャラクターについて書かれます。
それに対してコラムとエッセイは「私」の話が書かれています。
その違いですがコラムの「私」は主語としていました。
私の考えを書かれているものということになります。
一方のエッセイにおける「私」は主人公であるとおっしゃっていました。
私というキャラクターが出来事に巻き込まれるように書かれるということです。
だからこそ感情移入することができるし、エッセイストは愛される存在になるということです。
その点でエッセイになりきれていない文章が多いものの中前さんの文章はエッセイだと古賀さんは太鼓判を押していました。
中前さんは「私」を主人公として描ける人であり、絵として見えてくるし追体験ができるとおっしゃていました。
確かにその通りだと思いました。
別にコラムが悪くてエッセイが優れているというわけではありません。
ただ、どういう文章を目指していくのかを考えていく必要はあると思いました。
私はエッセイよりもコラムを書いていくのを深めていく方が良いのかなと考えました。
この本には14篇のエッセイが収められています。
古賀さんのおっしゃる通り、どのエッセイも中前さんが主人公である文章だと感じました。
どの作品も良かったのですが、特に印象に残ったのが「名前」について書かれた『宝の山』でした。
仕事で子供を相手にしているといわゆるキラキラネームと呼ばれるようなものを見かけることもあります。
名前は記号のようなものなので判別ができればいいと思っていたこともあります。
私には子供がいませんので名前をつけるという感覚は分かりません。
それでもこういうふうに育ってほしいとか馬鹿にされないだろうかとか色々な考えを経て若い二人が決めたのが名前というものです。
子に最初に与えるものが名前であり、ずっと自分と共に生きていくのも名前です。
中前さんはペンネームも考えたそうですが、自分の名前を大切にという想いから本名で執筆していくことにした話でした。
由来を聞いたことはありませんが、私も自分の名前を大切にしていこうと思いました。















