今回ご紹介するのは、つげ義春『つげ義春コレクション 李さん一家/海辺の叙景』『つげ義春コレクション 紅い花/やなぎ屋主人』(筑摩書房)です。
2025年11月に映画『旅と日々』を観に行きました。
日常の延長にある旅の良さを感じることのできる、とても印象的な映画でした。
その原作を読んでみたいと思い、今回の二冊を購入していました。
前者の表題にもなっている『海辺の叙景』は作中作として登場し、後者に収録されている『ほんやら洞のべんさん』が、物語のメインストーリーの一部として描かれています。
本は好きですが、正直なところ漫画をたくさん読んできたわけではありません。
そのため詳しく語ることはできないのですが、それでも絵のタッチから、漫画にも確かな歴史があるということを感じました。
漫画の良いところは、文章だけでは伝えきれないものを、絵を通して伝えてくれる点だと思います。
一方で、あえて言葉を入れずに表現することもできます。
この二冊を読みながら、そんなことを考えていました。
よく、漫画は読書に入るのか、という議論がされることがあります。
私の考えとしては、どちらでもいい、というのが正直なところです。
入れたければ入れればいいし、違うと思うなら除けばいいくらいの感覚です。
その判断は人それぞれでいいと思っています。
ただ、この話題は一歩踏み込むと、そもそも「本とは何か」を考える必要があるとも感じています。
私にとって本とは「情報」です。
情報を得るための手段の一つに過ぎません。
インターネットやテレビ、新聞などがある中で、その選択肢の一つとして本がある、という位置づけです。
だからこそ、中身が文章だけか、絵が含まれているかといった点を過度に議論することには、あまり意味を感じていません。
本という形式そのものに、無条件で高い価値が宿るとも思っていません。
「本はいいものだ」と語られるとき、その中に陰謀論を扱ったものや、極端な思想や宗教の本まで含めて話している人は、ほとんどいないはずです。
自分にとって都合の良いものだけを選び、それを指して「本はいいものだ」と言うのは、少し乱暴な議論ではないかと感じています。
私は活字だけの本も好きですし、漫画のような表現の本も、本として認めていますし、どちらも好きです。
ちくま文庫で、文庫サイズの漫画を読むことができるのは、なかなか良い読書体験だなと思いました。
映画から抱いた印象と大きく変わるわけではなかったので、今回は漫画の内容そのものにはあまり踏み込みませんでした。
本から派生して思いついたことを書けるのも、個人でやっているブログの良さだと思っています。
その点はご容赦ください。















