今回ご紹介するのは、坂口恭平さんの『赤松』(palmbooks)です。
坂口恭平さんの本を好んで読んでおり、この本も例外なく手に取りました。坂口さんの絵も好きですが、絵本として読むのはこれが初めてでした。むずかしい言葉が使われて描かれているわけではありません。それでも内容が哲学的で、すぐに感想にするのはむずかしく何度か読んで理解を深めていきました。
主人公は見た目が少年のような女の子です。彼女の視点で物語られていきます。登場人物は少なく、線路の脇に住むトロッコのおっちゃんや同い年くらいの少年タカノ、おばあさんくらいです。読んでいて小さな頃に接していた人のことを思い出しました。この年になっても交流が続いている人がいると思うと恵まれていることだなと思いました。登場人物を身近に感じるだけでなく、作品の中で描かれていた自然風景が坂口さんが過ごした熊本の風景ってこんなだったのかなと想像をしました。
幼少期の出来事というのはその後の人生に大きく関わってきます。私が子供の頃は友達とよく近くの公園で野球をして遊びました。ちょうど携帯ゲーム機器が身近になってきた時期だったので、ゲーム機を公園でやっている人たちもいました。制限が強くなり公園でできる遊びも変わってきているのかなと思います。公園という場に限らず、この作品のように友達と自然で触れ合うというのは大きな印象として残っていくと思います。
自然の風景も一緒に過ごした友達も永遠に残るとは限りません。 なくなってしまうものもあれば繋がりが薄れてしまうこともあるでしょう。そうしたときに記憶として残るのは目で見たものだけではなく、音の感覚であったり、匂いのようなものもあるかもしれません。この作品では風がキーとなって締めくくられていました。出来事そのものだけでなく、五感に訴えかけてくるものをどう捉えるかを大切にしていきたいです。これは本に関しても同じことが言えると思います。おもしろかったという記憶だけ残して本の内容を一切忘れてしまうことがあります。それは決してマイナスなことではなく、そうした一つ一つの読書体験が自分を形作っているのだと考えています。すべての食事内容を覚えておくことができないように、でも読んだ本は心の栄養として役割を果たしてくれています。
冒頭にも書いた通り最初はむずかしく感じ、何度か読んだことで「こういうことかな」という輪郭が見えてきました。薄い本だからこそ繰り返し読むことができ、気づきを得ることができたと思っています。明確なゴールやわかりやすさを求めるのではなく、考える時間そのものを考える作品だと感じました。
読みながら幼少期の体験を思い出し、原体験を振り返る一冊でした。















