永井玲衣さんの『これがそうなのか』(集英社)を読みました。
この本を読んで、あらためて「言葉を通して考えること」の面白さを感じました。普段、私たちはたくさんの言葉を使っています。けれど、その一つひとつについて立ち止まって考えることは、意外と少ないのではないでしょうか。たとえば私は、「よろしくお願いします」という言葉を口癖のように使います。仕事でも、人とのやり取りでも、何かと口にしている言葉です。ところが、この本を読みながら「自分はこの言葉をどんな意味で使っているのだろう」と考えてみると、少し不思議な言葉にも思えてきました。そこで思い出したのが、以前どこかで目にした糸井重里さんの「『よろしくおねがいします』は『ありがとう』の予約だ」という言葉です。「よろしくお願いします」という言葉を、そんなふうに捉えることができるのかと思うと、いつも使っている言葉の見え方が少し変わります。
また、「めしテロ」のように、言葉と言葉を結びつけることで、一見すると好ましくない意味を持つ言葉もあります。言葉は単独で意味を持つだけではなく、組み合わせによって新しい意味やニュアンスを生み出す。そのことにも面白さを感じました。
私はもともと言葉を使って考えることが好きです。自分の考えを文章にしてみることで、頭の中にあったものが整理されたり、自分でも気づいていなかった考えが見えてきたりします。私にとって「内省」は自分の強みにつながっていると感じています。その内省にも言葉は大きく関わっています。だからこそ、この本を読んで、これからは普段何気なく使っている言葉にも、もう少し目を向けてみたいと思いました。
私は国語辞書を二冊持っています。日本語は母国語だからこそ、意味が分かっているつもりになって、曖昧なまま使ってしまうことがあります。これからは、少しでも「あれ、この言葉の意味って正確にはどういうことだろう」と思ったら、辞書で調べる癖をつけていきたいです。単に意味を知るだけではなく、細かなニュアンスの違いを知ったうえで言葉を選ぶ。そして、自分の伝えたいことに合った言葉を使う。そうすることで、普段のコミュニケーションも、文章を書くことも、少しずつ変わっていくのではないかと思います。
もう一つ印象に残ったのが、永井さんのプロフィールにあった「念入りな散歩」という言葉です。私は気が向いたときに朝散歩をしています。私の場合は、散歩によってメンタルの調子を整えるという目的があり、そのための手段として散歩を捉えています。だからこそ、「念入りな散歩」という言葉には少し違った趣を感じました。目的地に向かうためでも、何かの効果を得るためでもなく、歩くことそのものを念入りにする。周囲を眺めたり、考えたり、普段なら見過ごしてしまうものに目を向けたりする。そんな散歩なのかもしれません。そして、それは言葉との向き合い方にも似ているように思います。普段なら何気なく通り過ぎてしまう言葉を、少しだけ立ち止まって眺めてみる。「よろしくお願いします」という言葉を考えてみたり、「めしテロ」という言葉の成り立ちを面白がってみたりする。そうやって言葉を念入りに眺めることで、当たり前だと思っていたものの中に、新しい発見が生まれるのだと思います。
『これがそうなのか』は、私のように言葉を使って考えることが好きな人におすすめしたい一冊です。哲学というと難しいことを考える学問のように感じるかもしれません。でも、自分が毎日使っている言葉について「これはどういうことなのだろう」と立ち止まることも、考えることの入り口なのだと思います。
これからは、言葉も散歩も、もう少し「念入りに」楽しんでみたいと思います。















