三浦綾子さんの『氷点』を読みました。そこで込堂一博さんの『三浦綾子100の遺言』が積読になっているのを思い出し、手に取りました。三浦綾子さんの言葉とそれに対する解説がなされている一冊です。
特に印象に残ったのは日記を書くことの効用について書かれているところでした。実際に『氷点』にもこのような記述があります。
「日記を三年続けて書いた人間は、将来何かを成す人間である。十年間つづけて書いた人間はすでに何かを成した人間である」
三浦綾子『氷点(上)』(角川書店)(p238)
引用元を調べたところ見つからなかったので、三浦さんのオリジナルの言葉なのではないかと推測をしています。
私も日記を書いています。きっかけは病気になったときに母親から手渡された一冊のノートです。そのノートに自由に書くところから始まりました。結果として書いて整理をするということは相性が良かったのだと思います。そのときなぜ母親が私にノートを渡したのかはわからないままです。日記として取り組むようになったのはほぼ日手帳に出合ってからでした。やはり三日坊主の代名詞でもあるように、初期はなかなか続きませんでした。それでもテーマを決めたり、書く時間を固定したりとすることで続けることができるようになりました。今ではほぼ日手帳、Facebookグループでの感謝の日記、noteでの記録と三つの媒体で毎日文章を残しています。基本的に見返すことはしていないのですが、書いてスッキリするというだけでも日記の効用はあるのではないかと思っています。
また、本書では葉書を書くことの大切さも紹介されていました。そこにはまさしく私が複写ハガキを書くようになった森信三先生と坂田道信先生のエピソードが紹介されていました。私は読書会に参加してくれた方に感謝の気持ちを持って葉書を書いています。今の時代メッセージを届けようと思ってわざわざ葉書という手段を取る人はなかなかいないと思います。メールやLINEのほうが早いですし、葉書を送るには今現在で85円かかります。では余計なことをしているかというとそのようなことはありません。葉書だからこそ伝わる想いというのがあると信じていますし、そういうつながりを感じています。
どちらにも共通するのは「書く」ということです。自分の気持ちを見つめて言葉にするということをしておくと、伝え上手になれるのではないかと思います。そうすれば人生はどんどん豊かなものになっていくでしょう。















