今回ご紹介するのは、ミヒャエル・エンデの『モモ』(岩波書店)です。
読書会で多くの方が印象に残っている本として挙げられています。子ども向けの物語として知られている作品ですが、大人になって読むからこそ心に響く一冊だと感じました。
読了後に最も印象に残ったのは、道路掃除夫ベッポの生き方です。ベッポは、長い道のりを一度に見ようとすると途方に暮れてしまうけれど、「今この一歩」「今このひと掃き」に集中していけば、いつの間にか仕事は終わっていると語ります。その姿勢は、単なる仕事術ではなく、生き方そのものを表しているように思いました。
本書を読んで考えたのは、現代人の生活は本当に豊かになったのだろうかということです。科学技術は大きく進歩しました。便利な道具やサービスが増え、昔よりも短時間でできることは確かに多くなっています。しかし、その一方で、便利になった分だけ新たなことに時間を使うようになり、私たちに本当の意味での「ゆとり」が生まれたとはあまり思えません。むしろ、自分自身の手で、自分の時間を浪費してしまっている場面も少なくないのではないでしょうか。
『モモ』を読んで改めて感じたのは、時間を豊かに使うとは、結果よりも過程を楽しむことなのだということです。例えば、小説はあらすじや結末だけなら短時間で知ることができます。しかし、それでは作品を味わったことにはなりません。長い物語には、その分量をかけて読み進めるからこそ見えてくる感情や発見があります。それを「時間がかかるから非効率」と考えてしまうのは、どこか違うように思います。
近年は「タイムパフォーマンス」という言葉もよく耳にします。しかし、読書は情報を得るためだけのものではなく、自分の心を動かし、考え方を深めるための体験でもあります。その価値は、決して時間の短さでは測れません。
また、人と直接会って話すことも同じです。画面越しでは得られない空気や表情、間合いがあります。身体を伴うコミュニケーションだからこそ生まれる豊かさがあり、それもまた「時間を味わう」ということなのだと思いました。
この本を読んで、自分自身も「本当にやりたいことに時間を使えているのか」を意識していきたいと感じました。流されるままに、なんとなくスマートフォンを見たり、なんとなく情報を眺めたりして過ごす時間は、自分で選んでいるようでいて、実は目に見えない何かに支配されている状態なのかもしれません。『モモ』の灰色の男たちは現実には存在しませんが、私たちが自分の意思で時間を選ばなくなったとき、その姿は現代にも形を変えて存在しているように感じます。
この本は、毎日の忙しさに追われている人にこそ読んでほしい一冊です。文芸評論家の三宅香帆さんは『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)で、学生時代には楽しんでいた読書などが、社会人になると「時間がない」という理由でできなくなってしまう現状について論じています。私は、そのような社会を決して健全な状態だとは思いません。そして、その感覚が学生時代にまで及んでいるとすれば、なおさら考えさせられます。
『モモ』は、時間を節約する方法を教えてくれる本ではありません。むしろ、「時間とは何か」「豊かに生きるとはどういうことか」を静かに問いかけてくれる作品です。忙しい毎日だからこそ、ベッポのように目の前の一歩を大切にし、自分が本当に使いたい時間を、自分自身の意思で選び続けたい。そう思わせてくれる一冊でした。















