『生殖記』の世界〜生殖器が語る現代社会の生き方と価値観の葛藤〜

今回ご紹介する本は、朝井リョウさんの『生殖記』(小学館刊)です。

朝井リョウさんの本を追いかけたいと思っていた矢先、サイン入りの本を見かけ、迷わず購入しました。

本書は2025年本屋大賞のノミネート作品に選ばれています。

 

タイトルは『生殖記』となっていますが、これは誤字ではありません。

物語の語り手は生殖器であり、33歳の日本人男性・尚成に付随する生殖器が登場します。

本作は、生殖という生理的現象のみならず、個々の内面や社会的価値に関する問題もテーマとしています。

帯には、“ヒトは二回目ですが、オス個体は初めてです。”と書かれています。

 

尚成は同性愛者です。

幼少期から自分と周囲との違いを感じ、疎外される経験もしてきました。

自身の同性愛者であることは隠しながら社会生活を送る一方、経験を通じて世間が目指す方向性に違和感を抱くようになりました。

また、彼は生産性の拡大やSDGsへの取り組みにも懐疑的な態度を示しており、そのために周囲との距離を保って生活する傾向があります。

 

生産性を追求することは、拡大、発展、成長に繋がるとされ、これは個人のみならず国家や世界全体にも当てはまる考えです。

しかし、生産性を求めない生き方に価値がないわけではありません。

同性愛者同士のカップルでは子どもができることはありませんが、だからといって彼らに価値がないということは決してないと考えます。

子どもを持たないことを選択する夫婦もいれば、子どもができなかった夫婦もおり、子どもを持つという観点では大きな違いはないように思います。

現代の日本は出生率が低いため、子どもを増やす必要があるとされていますが、個人レベルでどこまで当てはめるかは慎重に考えるべきです。

 

また、同性愛者の対極は異性愛者ということになりますが、多数派であることをもって「普通」とする考え方は暴論に近いのではないかと感じます。

同性婚を認める動きも、根底には異性愛者にその権利を認めてもらうという構造が存在しており、なぜそのような権利を認めなければならないのかという議論に参加しようとしない人々がいることも忘れてはならないと思いました。

 

異性愛者が抱く世界観や方向性は生産性の追求に基づくものであり、それが拡大、発展、成長に繋がるとされますが、同性愛者の場合、そこに貢献しないからといって価値がないと評価するのは、やはり暴論だと思います。

 

時間が経つにつれて社会が必ずしも良い方向へ向かうとは限らず、進歩が誤りであると感じたときには引き返すことも必要です。

自身の生き方に悩みを抱えていた尚成は、生産性を追求するのではなく、ただ時間が流れていくこと自体に価値があるという考えに至りました。

これは簡単に結論が出せる、あるいはすぐに行動に移せる問題ではないため、今後も頭の中で考え続けるべき議題だと感じました。

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